九十九里ゆかりの詩人、作家、画家、
徳富蘆花、高村光太郎、芥川龍之介、竹久夢二、等々
片貝漁港の松林に竹久夢二の詩碑が建っている。ひっそりと・・と言いたいが、どでかい詩碑。
「待てど暮らせどこぬ人を、宵待草のやるせなさ・・・・」
かっては一世を風靡し世の女性の紅涙を絞らせた竹久夢二は銚子の女性に恋し、九十九里の浜辺の月見草をイメージしてこの歌を詠んだとか(検索で得た情報の受け売りです)。
夢二式美人がこの浜辺にたたずむ姿を想像すると・・・ああ・・・

- 2008/04/29(火) 22:53:44|
- 浜辺の周辺
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干潮で波が徐々に引き始めると、砂に白いスジが付く。
時間と共にそのスジが2本3本と波の先端が引いたところに荒い縞模様を作る。
この白い波跡の名前が解らない。この九十九里は幾多の詩人や作家に愛された海辺。
詩や小説の題材になりそうな粋な名前があるに違いなのだが、・・
(知っている方、是非コメントで教えて頂きたい。)

- 2008/04/24(木) 15:08:57|
- 浜辺の風景
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海岸に近い町並みは漁業で生計を立ててる家が多い。
庭先に漁具などを干しているのですぐ解る。又、魚加工工場も並んでいる。
煮干しやみりん干しなどを作っている。
そこから数百メートル陸地側にいくと、ほとんどが農家。代々農家なのだろう。
広い敷地で農作業の準備や、取れた作物などを箱詰めなどしている。
まるで古里を歩いているようだ。今回は春たけなわの田園を歩いてみた。
田んぼのあぜ道、好きな場所、カエルがちゃぽんと飛び込んだり、ドジョウやドンブラがあわてて泥の中に潜り込んだり。


もうこんな季節、東京ではほとんど見ることがない。


まだつぼみのタンポポもあるのに、もうタネをとばしているものも。

ほとんどの田んぼは水を張って田植えの準備だが中にはもう田植えの始まったところも。

- 2008/04/18(金) 17:53:32|
- 海辺の生活
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低気圧の通過、風雨で列車が止まったりで、一寸した台風のようだった(らしい)
海は波浪注意報でかなり荒れていた。

翌日は夜中から雨、一日中降り続く。
かなり寒い、花冷え、花曇り、菜種ツユ、ちょうど今時の事だと思う。日本は季節の表現が豊かだ。この雨も楽しみたい。
ここでの雨は嫌いではない。天気の日に部屋にいると何やら罪悪感を感じる。渋々カメラを持って海岸を歩いたり、・・
雨の日は堂々と部屋で読書三昧、いや、ちょっと見栄を張った、数ページ読んだが頭に入らない。
読書を止めてテレビを見ながらゴロゴロ、ウトウト、これが実態。
時々バルコニーから小雨にけぶる海や町並みをぼーっと眺める。
(今回は日記風に)


- 2008/04/11(金) 16:48:26|
- 浜辺の風景
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昨年の秋にスーパーの近くのコスモス畑を載せた。あの「ご自由にお摘み下さい」の看板が立っていた畑。今は一面菜の花畑になっている。あの看板は見あたらないが。
夕方、夕飯の買い物のついでに撮ってきた。一面の菜の花畑を見ていると、子供の頃を思い出す。
小学校の頃、先生のオルガンに合わせて、「朧月夜」を歌ったのは何年生の時だったか。わが家にも菜の花畑があった。畑一面の黄色い花の色が今でも目に浮かぶ。何十年も昔のこと。今はその畑は原野に還って痕跡すらない。家はまだ建っているが、何十年も住む人もなく、やはり軒下まで笹竹や雑木に埋まり、近づくのも容易ではない。ランドセルを背負って通った山路も深い雑木に埋もれて、そこに道が有ったことすら知っている人も居ない。今は私の心の中にだけ存在する。当時は叔父や叔母も若かった。私を育てた祖母も元気だった。今はみんな古里の墓に眠っている。
[朧月夜]の哀愁を帯びたメロディーの所為か、センチメンタルな文になってしまった。

- 2008/04/05(土) 23:07:39|
- 浜辺の周辺
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