梅雨の中休み、昨日まで一週間天気に恵まれた。今の内に布団を干す。洗濯をする。タイミングを外すと下手をすると半年は布団を干せない。四組ある布団をせっせと干す。こういう事は苦にならない。炊事、洗濯、掃除何でもこいである。裁縫だって必要とあらばやってのける。従って熟年離婚も怖くはない。
午後、一宮方面に行ってみる。ここには喫茶店がある。中はたいしたことはないのだが、庭はオーナーのこだわりか、真ん中に大きな木が生えていてその下にテーブルがいくつか置いてある。木の木陰がなんとも気に入っている。ここで数十分タバコを吸い、コーヒーをすする。もう未来に希望のある歳でもないし、この数十分の時間が至福の時でもある。
(梅雨の中休み、私も中休みにします。さぼり癖がついたようです。梅雨が明けた頃、場合によっては秋風が吹く頃、それまでせっせと撮りためておきます。)


- 2008/06/20(金) 10:38:57|
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夜は照明やネオンでスナックらしく見えるが、軒下には居酒屋と書いた赤提灯、どっちなんだ。
そんな店に日暮れと共に一人、二人と下心を胸に男達が集まる。ママは10年前に隣の県からやって来た。年の頃四十代半ば、店の二階に住んでいる。
バツイチとも未亡人とも噂はあるが遠回しに聞いても曖昧に笑うだけ。美人ではないがそこそこの色気はある。酒を注ぎながら時折り見せるフフッと自嘲的に口を歪める仕草に男達は妄想をかき立てる。カンバンまで粘っても二階に招き入れられた栄誉に浴したものはいない。やがて夜中の出漁に備えてまた一人、二人と店を出て家路に急ぐ。
(酒の飲めない私はスナックに行ったことがない、ほろ酔いの楽しさを知らない。一度でいいから酔った勢いで口説いてみたい、あわよくば間違いも犯していたい。そんな願望も空しく、気が付けば人生終盤戦です。今回は気分を変えて三文小説風に書いてみました)

- 2008/05/29(木) 12:38:08|
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今日も港に夜が来る。
真夜中、沖合にチラチラ見える漁り火はここから出漁した漁船の灯りに違いない。
夜中の1時、2時から、空が白み始めるまで漁をする。この夕暮れの時間、港には人影が見えない。
夜の漁に備えて、もう夕食が始まっているのかも知れない。嵐の前の静けさ、
今日は二日前に通り過ぎた低気圧の余波か、うねりがきつい。食事が終われば夜の出漁に備えてもう床につく。しかしそれでは人生味気がない。かるく一杯いきたいのが人情ってもんだ。それが明日への活力になる。港の入り口にある小さなスナック、そんな男達が集まってくる。
その話は次回につづく。
(今回は前、後に分けました。ネタの節約のため)


- 2008/05/23(金) 19:47:30|
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この近くにある国民宿舎の宿泊客だろうか、10人前後で貝を漁っている。
この辺はハマグリが捕れるらしいが、厳密には漁協組合員以外は採取禁止らしいが
まあこの程度ならお目こぼしらしい。と以前書いたような気がする。
波打ち際に置いてあバケツを覗いてみると、小さい貝が2つ3つ。目くじらを立てるほどでもない。
観光客にはいい思い出だろう。

- 2008/05/17(土) 19:48:52|
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海岸に近い町並みは漁業で生計を立ててる家が多い。
庭先に漁具などを干しているのですぐ解る。又、魚加工工場も並んでいる。
煮干しやみりん干しなどを作っている。
そこから数百メートル陸地側にいくと、ほとんどが農家。代々農家なのだろう。
広い敷地で農作業の準備や、取れた作物などを箱詰めなどしている。
まるで古里を歩いているようだ。今回は春たけなわの田園を歩いてみた。
田んぼのあぜ道、好きな場所、カエルがちゃぽんと飛び込んだり、ドジョウやドンブラがあわてて泥の中に潜り込んだり。


もうこんな季節、東京ではほとんど見ることがない。


まだつぼみのタンポポもあるのに、もうタネをとばしているものも。

ほとんどの田んぼは水を張って田植えの準備だが中にはもう田植えの始まったところも。

- 2008/04/18(金) 17:53:32|
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夜半まで降り続いた雨も明け方には止んだ。
外を見ると霧がどんより地を這うように流れている。気温が低いせいか一面ではなくせいぜい民家のの屋根くらいまでしか上がらない。メルヘンチックな雰囲気で思わずシャッターを切る。霧はこれまでも何度も載せたが、何せ東京では霧を見ることがない。ついつい撮ってしまう。


- 2008/01/16(水) 18:47:33|
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昨夜来降り始めた雨がシトシト降り続いている。
今日はどうしようか?ガラス越しに外を見ながらまだパジャマのまま顔も洗っていない。

午後になって雨もあがったようなので海岸への小道を歩いてみる。
小道の両側に植えてある桜の木、ほとんど葉も落ちて数枚へばりついている。
往生際の悪さになぜか共感を覚える。思えば自分の人生もしぶとく、諦めずにへばりついてきた。
風が寒い。寒さが落ち目の身に殊の外堪える。今回は自虐調で載せてみた。

(組織や集団がニガテで何十年、給料もボーナスも縁のない一匹狼で生きてきたせいか、年甲斐もなくアウトローや、あの馬に乗って去っていくシェーンの後ろ姿に惹かれるのです。今年は少々早いがこれで正月休みに入ろうと思います。では又来年)
- 2007/12/16(日) 23:53:17|
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去年の今頃、朝焼けを載せた。今回も同じような写真。
全く同じじゃ芸がない。今回はうまい具合に漁り火がきれいに見える。その分、去年よりはグレードアップ。漁り火に赤や青の色があるのを今回初めて知った。


- 2007/12/07(金) 17:54:49|
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この春、芽吹きを求めて歩いたのは、ついこの間の様な気がするが、浜辺の海浜植物も大部分枯れた。時が経つのが早いと実感する。

2、3ヶ月前まではまだ青草だったが。

- 2007/12/03(月) 12:08:58|
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浜辺に出るのも億劫だが天気も良い。カメラを持って少し歩こうか、やめようか、迷っていると煙が見える。浜を管理する自治体が浜を清掃しているのだろうか、枯れ草やら雑木やらを燃している。のどかな光景にカメラを持ちだして一枚撮る。

雨でも台風でも真夜中、夜明けでも、ここから望遠で切り取ってよく載せたありがたいバルコニー。あまり公開したくない舞台裏。(前のマンションが邪魔なのが玉にきず。)

- 2007/11/29(木) 16:20:09|
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日没が早い。房総の山々に日が沈むと、あっという間に夕闇が訪れる。夏ならばまだ日がさしていると言うのに。
長い長い夜が始まる。何をするでもない、ボーっと過ごす。明日は帰るのか、もう一泊するのかで気分が違う。帰れば現実が待っている。帰り際、ああ、もう一泊したいなといつも思う。もう十年、そんな生活が続いている。

- 2007/11/20(火) 16:10:31|
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午前中の同じ時間になると、晴れている限り、海が輝き始める。
ここに大型漁船が白波を立てて、長い航跡を残して通過してくれればと、いつも思う。
船のシルエットがいつも浮かぶのだが、そう思うようには行かない。もしかしたらと、時間を見計らってバルコニーから海を見るのだが、小船一艘見えない。

- 2007/11/16(金) 20:59:04|
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蓮沼近辺の九十九里の続き、余りにも寂しい人気のない浜辺に、早々に引き上げることにした。さっきは気が付かなかったが、草むらに大人のひざくらいの小さな鳥居が、子供にいたずらかなと思ったが、近づくとちゃんと丁寧に作ってある。ガリバーになった気分。昔から伝わる土着信仰のひとつか?
(ある方からコメントをいただきました。この鳥居はごみを捨てられないようにと、立てたものだということです。立ちしょんをしない様に、塀などに鳥居の絵を描くのと同じ発想ですね。choiさんありがとうございました)


- 2007/10/25(木) 19:14:24|
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片貝近くの海岸に行ってみた。熟年夫婦(多分)が腰を下ろして話し込んでいる。その向こうに岸近く、漁船が5,6隻、漁をしていた。
昨夜から明け方まで漁り火が点々とみえた。今がイワシ漁の最盛期かも知れない。

一隻で網を上げている漁船や二隻一組で操業している漁船は同じ会社の漁船か、

- 2007/10/18(木) 17:11:29|
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九十九里周辺では稲刈りも終わり、切り株に芽が出始めている。歩き回ってもイナゴがいない。昔は足下から次々とイナゴが跳ねたものだが。
小学校では、一日イナゴ取りがあった。朝から夕方まで、田んぼを巡ってイナゴを捕る。布の袋に竹の筒を差し込み、そこから捕ったイナゴを入れる。学校に帰ると先生がはかりで重さを量る。そのイナゴは多分、業者に引き取られ、佃煮になる。そのお金は学校の教材などに当てられる。そんな時代だった。今から〜十年前の思いで。
中学になると放課後学年ごとに依頼のあった農家に稲刈りの手伝いに行く。手伝いが終わると、コッペパンや赤飯のおにぎりなどをごちそうになる。うまかった。その手伝いのお金は修学旅行の費用の足しにする。そんな時代であった。


- 2007/10/05(金) 18:35:09|
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漁師町を歩くの最後は勝浦、久しぶりに漁港近辺を歩いてみる。
昔、友人達と、養老渓谷にキャンプに行く途中に勝浦に寄った。漁港の前の、加工工場の前にはアジの開きをズラッと干してあったので探してみたが、見つからなかった。その前にあった食堂で魚の煮付け定食を食べて美味かったので、探したが、きれいなレストランばかりで、入る気になれない。



テレビアンテナの上に、何とカラスとトンビが仲良く止まっている。
お互いを仲間だと思っているのか、もしかしてカップル?まさか、カラスとトンビのハーフなんて聞いたことがない。不思議な光景。

お祭りが有るらしい、山車の組み立てが行われていた。(10日ぐらい前の写真なのでもう祭りは終わっているだろう)

- 2007/09/25(火) 02:35:31|
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大原が続く、大きい鳥居が目に入った。石段が小高い山の上に続く、
思った以上に上へ上へと続いて息が切れる。


きれいに掃き清められていて、地元氏子の信仰心の厚さを感じる。「板こ一枚、下は地獄」の世界、自然と神仏をあがめる気持ちは強いのだろう。社務所のわきになにやら書いてある。「大原はだか祭り由来」の看板。そうか、ここがあの裸祭りの神社だったのか。

社殿の脇から大原の港が一望出来る。こんなに高く登ったとは、息が切れるはずだ。大原を後にして御宿に向かう。

- 2007/09/18(火) 23:18:28|
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