浜辺を散歩中、カラスが砂浜で黒いモノをつついている。鳥らしい。
砂浜には時々渡り鳥らしい鳥の死骸が落ちている。その死骸をつついているのかと思ったが、突くたびにそれがバタバタと暴れる。近づくとカラスは飛び去っていった。黒い鳥がうずくまっている。ウミウでは無いようだ。近づいてもうずくまったまま動かない。どうも鳥の表情は解らない。恐怖の表情なのか、諦めきった表情なのか、見当が付かない。

飛べない、歩けないでは長くは生きられまい。あまり怖がらせてはとその場を離れる。
数十メートル歩いてから振り返ると、なんとカラスが戻ってきて今度は2羽でその鳥を突いている。私が通り過ぎるのを見ていたらしい。あわてて駆け寄ると飛び去って近くの電線の上に止まってこちらを見ている。石を投げるそぶりをすると、今度は近くの松林の枝に止まってこちらの様子を見ている。
私がいなくなるのを待つ作戦らしい。
どうしたものか。砂浜に腰を下ろして暫くカラスのいなくなるのを待ったがラチが明かない。
なにやら此の鳥の保護者の様な気分になったが、これも生き物の運命、末路、と思いその場を去る。
今頃はカラスが戻ってきて突いているだろうが、もう後を振り返らなかった。生き物の命をネタにする事に良心が痛む。

- 2008/06/12(木) 11:40:53|
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九十九里ゆかりの詩人、作家、画家、
徳富蘆花、高村光太郎、芥川龍之介、竹久夢二、等々
片貝漁港の松林に竹久夢二の詩碑が建っている。ひっそりと・・と言いたいが、どでかい詩碑。
「待てど暮らせどこぬ人を、宵待草のやるせなさ・・・・」
かっては一世を風靡し世の女性の紅涙を絞らせた竹久夢二は銚子の女性に恋し、九十九里の浜辺の月見草をイメージしてこの歌を詠んだとか(検索で得た情報の受け売りです)。
夢二式美人がこの浜辺にたたずむ姿を想像すると・・・ああ・・・

- 2008/04/29(火) 22:53:44|
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昨年の秋にスーパーの近くのコスモス畑を載せた。あの「ご自由にお摘み下さい」の看板が立っていた畑。今は一面菜の花畑になっている。あの看板は見あたらないが。
夕方、夕飯の買い物のついでに撮ってきた。一面の菜の花畑を見ていると、子供の頃を思い出す。
小学校の頃、先生のオルガンに合わせて、「朧月夜」を歌ったのは何年生の時だったか。わが家にも菜の花畑があった。畑一面の黄色い花の色が今でも目に浮かぶ。何十年も昔のこと。今はその畑は原野に還って痕跡すらない。家はまだ建っているが、何十年も住む人もなく、やはり軒下まで笹竹や雑木に埋まり、近づくのも容易ではない。ランドセルを背負って通った山路も深い雑木に埋もれて、そこに道が有ったことすら知っている人も居ない。今は私の心の中にだけ存在する。当時は叔父や叔母も若かった。私を育てた祖母も元気だった。今はみんな古里の墓に眠っている。
[朧月夜]の哀愁を帯びたメロディーの所為か、センチメンタルな文になってしまった。

- 2008/04/05(土) 23:07:39|
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最近、松枯れが目立つ。
砂防林の松が、ひどいところでは半分くらい松葉が黄色く変色、松枯れ病が蔓延しているのか?
今回はドキュメンタリー調で。

林の入り口に枯れた松を切り倒して積んである。薪ストーブにはもってこいの燃料だが。

海岸近くには、次の松の苗が育っている。


- 2008/03/25(火) 10:53:38|
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土、日の春一番が吹き荒れた翌日の月曜日、一ヶ月ぶりに浜を歩く。中々新鮮。この一ヶ月、九十九里に行ってもガラス越しに海を眺めるばかりであった。低気圧が過ぎ去ったばかりで波が荒い。風も冷たい。南房総ではハマダイコンが今を盛りにさいているらしいが、ここはまだ芽吹きの気配はない。ふと思いついて松林に入ってみる。風が無く春の日差しが優しい。
そこは株安もイージス艦も無縁の平和な一角であった。
(一ヶ月ぶりに更新しました。二年前の四月に初めて来月で丸二年、ここらでひとまず区切りを付けようか、どうしようか、決心が付かないまま今日まできましたが、やめるともう九十九里の写真は撮ることは無いだろうなと思うと一寸寂しく、もう少し続けてみようかなどと、思ったり、決断力の無いのは子供の頃からですが、この年になってもこの性格は治らない、まあ、週一くらいのペースでノンビリ続けようと思い始めた所です)


- 2008/02/27(水) 12:43:45|
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気晴らしに鴨川まで車を走らせた。片道一時間半、いつもながら急に開けた、雰囲気の違う一角。いわゆるリゾート地。海側に洒落たホテルが何軒か、そして小綺麗なレストラン。反対側に西田敏行が主演したテレビドラマに出てくる堂々の大病院、その近くにそびえ立つマンションタワー、バブルの時は億ションだった。管理費も一寸した家賃並みとか。近くの港に降りると其処はヨットハーバー。高価そうなヨットが数十隻係留されている。
そうか、ここは勝ち組の御用達の地。空高くそびえるマンションが眩しい。
どっと疲れて帰路につく。
(ここの所の寒さで九十九里に行っても浜に出る気にもなれず、ガラス越しに海を眺める毎日でした。その結果、写真が底を尽き、ストックも似たような写真だったり、季節が合わなかったり、・・・・暫く写真が溜まるまでお休みします。今度は少し今までと違う視点でなどと思ったりしていますが、まあ無理でしょう。)

- 2008/01/25(金) 22:34:24|
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またもや流木、貝が付着し木もボロボロ。
その姿に、荒涼としたロシアの凍てつく荒野をさまよう旅人の姿にイメージがダブる。
南洋の島々から大海原を幾年月漂った末に、この九十九里浜に安住の地を見つけたのか。
お疲れ様。

- 2008/01/21(月) 16:14:06|
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1月2日、一日中良い天気だが冷たい風が吹く。
日没後に見事なあかね色の空になった。空気が澄んだときには遙か向こうに富士が見える。
まずは一枚シャッターを切る、ここであることが気になった。富士は山梨か静岡の借り物、あかね色の空と富士の裾野に見える山並みは我が千葉県産。
結局は富士山に主役の座を奪われ、引き立て役に成り下がっているのかな。
我が人生と同じではないか。と・・・今年もひがみ根性から抜け出せないnanbuyaです。

- 2008/01/06(日) 04:06:19|
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朝焼けを撮ってから、車で30分の太東岬に向かう。
日の出時刻6:30までもうすぐ。
急な勾配を頂上を目指す。すでに車が2台、家族連れと中年のじさんが一人。
振り向くと灯台の灯りがまだゆっくり回転している。まず2,3枚シャッターを切る。
数分後に明かりは消えた。

すぐに太陽が昇り始める。
あれっ、これじゃバルコニーから撮る日の出と変わらないではないか。こんなハズではなかった。

今度はちょっと引いてみる。海面まで数十メートルの高さが出ない。

岬の周りを囲んでいる柵をいれて撮ってみる。この向こうは数十メートルの断崖絶壁、
その感じが出ない。イメージ通りにはいかない。このために5時に起きてやって来たのに。
仕方なく岬を降りて近くの太東漁港に、・・・それは次回。

- 2007/12/10(月) 20:40:58|
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砂浜のちょっと上の小高いところに、墓標が。
表には「愛犬○○号の墓」と書いてある。すぐ傍にもう一基。知らずに散歩をしていて、見上げてぎょっとする。きっと犬の生前、一緒にこの浜辺を散歩していたんだろう。愛犬が好きだった海がいつも見れるようにここに葬ったか。飼い主の気持ちは解るが、無関係の我々にはちょっと迷惑。その内、小高いところにずらっと愛犬や愛猫の墓が並んだりして。

- 2007/11/11(日) 22:35:37|
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気が滅入るような曇天のある日、思い切って銚子に行ってみようと車を走らせて見たが、パラパラ雨が降ってきた。出鼻をくじかれ蓮沼あたりで車を止める。海岸に出ようと思ったがこの辺はすべての海岸への道にゲートが在って入れない。何とか車を止められる場所で降りて海岸へ。風景はほとんど同じだが、人影はない。

頻繁に頭上を飛行機が通る。ここは成田に近いのか、着陸のためか、かなり低空を飛ぶ。方向舵の航空会社のマークもはっきり見える。

- 2007/10/22(月) 14:18:06|
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今更彼岸花でも有るまい。見る側は食傷気味だろうとは思うが、あえて載せる。例のスーパーに買い物に行ったついでにカメラを持って歩いてみる。近くの小さな寺の空き地に秋の夕日を浴びて咲いていた。

トンボをあまり見なくなった。もう産卵を終えて残り少なくなったか?

この日は朝からドン曇り。撮るモノがないので夕方、雲を撮る。

- 2007/10/15(月) 09:52:00|
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浜辺を離れて海辺の周りを歩いてみる。もう秋中盤になっていた。
それらしい風景を拾って歩く。

バルコニーから覗くとあちらこちらから煙が上がっている。畑や田んぼで稲ワラや雑草などを燃やしているのか、のどかな風景が広がる。

- 2007/10/12(金) 18:12:08|
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春から楽しませてくれた桜も葉を落として終わろうとしている。ここの桜は川津桜とか、他よりも開花が早かった。開花〜桜吹雪〜葉桜〜紅葉。・・話が続かない。
では桜のつく言葉。
花は桜木、人は武士(武士にあらずば人にあらず・・とか、ふざけるな、待てよ、我が祖先は武士であった)
うば桜(これはいい、枯れてなんかいられない)
同期の桜(咲いた花なら散るのは覚悟、見事散ります国のため。幾多の若者が敵艦目指して突っ込んでいった。いや突っ込ませられた。命令した上官達は戦後、平和な日本の生活を甘受し、人生を全うした)
いかん、変な方向へ話が逸れた。


スーパーの前の畑が今年はコスモス畑になった。雑草もぼうぼうでコスモスもヒョロヒョロだが、「ご自由にお摘み下さい」の看板。好感が持てる。
コスモスの時期は子供の頃の運動会と記憶がダブル。昼間は汗ばむ様だが朝は手足がかじかむ位、気温が下がる。運動会は村中の大イベント、校庭の周りに村中から人が集まりござをひいて陣取る。お昼は親たちがいるござの所に行ってごちそうを頬張る。コスモスでそんなことを思い出した。(どうも今日は思考がおかしい)


- 2007/09/10(月) 00:44:36|
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いつも海岸ばかり目がいっていた。車で5分の所にあるスーパーに買い物に行ったついでに、駐車場に車を止めて、スーパーの周りを歩いてみた。ほとんど人家は農家、周りは畑か田んぼ。牧場まである。知らなかった。カメラを持ってブラリブラリ。何と新鮮な事か。懐かしい風景があった。
農家の脇の道にセミがひっくり返っている。まだ足を忙しく動かしている。もう力尽きて飛ぶことはないだろう。精一杯生きたかな?子孫は残せたかな?

これはマンションの所の植え込みの木にトンボが止まってこちらを見ている。カメラを近づけても逃げない。数センチまで近づいたところで飛んでいった。しばらくはトンボの世界。

- 2007/09/06(木) 19:20:51|
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朝日の次は夕日、
目に見えて日没が早くなってきた。秋だなと実感する。ここの夕日は遙か向こうの山並みに沈む。

辺りに夕闇が迫る頃、向かいのリゾートマンションは真っ暗、シーズン中は、各部屋はあちこちが賑やかに明かりがついていた。シーズンが終った今は、まるで幽霊マンション、又は廃業したホテルのよう。次にこのマンションが賑わうのは大晦日から正月三が日。静かな海が戻ってきた。

- 2007/08/31(金) 22:15:51|
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熱暑が続いています。さすがに立秋が過ぎてから日が短くなりました。
毎年の事ながら、この時期、夕暮れが侘びしく感じるのは何故でしょうか。以前の写真ですが、秋の雰囲気を感じたので載せてみます。
では、九月の声を聞くまでノンビリさせて貰います。

- 2007/08/14(火) 20:48:09|
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今回は、遊泳禁止の赤い旗の写真二枚。
遊泳禁止の他に別なイメージは無いか?ん〜と、こんなのはどうだ、建て売り住宅の現地販売所。腕に腕章を付けた若い営業マンが忙しく走り回る。又は、歳末大売り出し、又は、店じまい売り尽くしセール。
今回は気分転換に趣向を変えてみた。
- 2007/07/15(日) 21:34:29|
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国民宿舎のある浜辺で地曳き網が始まった。いわゆる観光地曳き網。学校の生徒、6、70人。船が網を載せて沖合まで運びながら、弧を描いて網を仕掛けていく。漁師のおばさんのかけ声で、二手に分かれて綱を引きはじめる。

やがて網が上がってくると、大きいのがピチピチ跳ねている。大きいエイも五、六匹、すかさず引き出して、毒針のあるしっぽを一刀両断、一斉にかわいそ〜の声が上がるが、致し方ない。

おばさんが魚の説明をはじめる、「これ、イワシね、これがアジだよ、これカマス」カマスを見たかったが子供達の頭で見えない。周りの宿泊客も集まってきて、写真を撮り始める。この魚は、今日の昼ご飯に出されるのか、量は十分だ

- 2007/07/08(日) 09:44:30|
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十日前の写真だが、間もなく海開き、霧の中、海の家の準備が始まった。去年も霧に中の海の家の写真を載せた気がする。

ここでは霧は日常茶飯事だが、東京ではほとんど見たことがない、だから霧が出ると嬉しくなってついつい撮ってしまう。海から上がってきた霧は見る見るうちに広がっていく。

一時、霧は晴れたが、夜になったら又一面の霧、街灯がボーッと霞んで幻想的な雰囲気になったので、また一枚。

- 2007/07/04(水) 07:26:04|
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